阪神淡路大震災から30年も経つ。
そんなに?と思えるほど早く感じる。
30年。あの時どうしたんだっけ?強く覚えていることの片隅で忘れていくこともたくさんある。
少し大きめの地震が来るたびに半泣きで震えて固まることもなくなったし、街もすっかり元通りだ。
揺れた直後の恐怖と不安。無事を確認し合った時の安堵。
絶句するほどの光景。生きていることへの感謝と、
少しの罪悪感。
街がごっそり無くなった真っ暗な焼け野原も、
全壊の赤札、半壊の黄色い札の間を何ともいえない気持ちで歩いた登下校路も、
段々と建て変わって行く工程をいつしか見なくなっていた。
何ヶ月かわからないけどすっかりキレイになっていた。
バンバン工事をしている場所と、綺麗になっていく場所の間で、それをわかってはいるけどたまに忘れたりもしながらあたしは普通に生きて来た。
いや、普通に生きさせてもらっていたんだね。
両親や親戚、学校の先生、周りの大人や友達、その人たちに守られてたおかげで、
普通に生きてこられたんだ。
同じ震災経験者でも
愛する誰かを亡くした人たちの今日と、
守られながら生きて来た自分の今日は
違う。
その事に申し訳なさも感じたりして。。
月日を重ねて改めて感じること、新しく思うことも沢山あるよね。
神戸にいたと言うと、震災は?って聞かれて、
いやぁー、凄かったですよとサラッと答える。
そのくらい平気になっているのか?いや、ならせてもらっているんだね。
そのくらい、衝撃的なあの日の出来事の上に、神戸の人たちは希望を重ねたんだ。
やってやるぞと奮い立ったんだ。
希望って、すごい力だ。
あの時亡くなった方々のご冥福をお祈りします。
愛する人を亡くされた方々の悲しみを想います。
あの時、「普通」をくれた、周りにいてくれた人たち、工事関係者の皆さん、ボランティアの皆さん、想ってくれた皆さんに感謝します。
何より、生きてる事に感謝します。
そして、忘れない。
自分なりの今日を、今日を迎えられない誰かの今日を。
続く災害の被災者の皆さんが早く普通の生活が送れるように、心から祈っています。